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書籍翻訳にもクラウドソーシングが誕生BUYMA Booksに見るイージー翻訳の将来性


ダイヤモンド・オンライン  5月14日(水)8時0分配信

转自日本雅虎网站


   出版翻訳業界は、きわめてドメスティックだ。内需頼みという点では、仏壇屋さんと同列とすら言えるかもしれない。
   日本語で読み書きをするのはほぼ100%が日本人なのだから、当然の話だ。外国語の書籍を日本語に訳して出版する以上、マーケットも日本国内に限られる。そのため国内の出版不況の影響をもろに受け、海外の出版業界は好調なのに日本では翻訳書が売れず、出版社は部門を縮小し、翻訳家は廃業を迫られるという事態が続いている。

 ただし、日本語の作品を外国語に翻訳するのなら事情は別だ。たとえば日英翻訳なら、英語を母語とする約4億人に加えて、全世界の知識人を対象に本を売ることができる。しかし日本語の作品が外国語に訳される例は、村上春樹や三島由紀夫などごく一部の作家に留まり、出版点数では海外作品の日本語訳とは比較にもならない。

 そんな一方通行な流れを変え、日本発の文化発信をより活発にしたいという志もこめて今年4月にスタートしたのが、翻訳のクラウドソーシング・プラットフォーム「BUYMA Books(バイマ・ブックス)」だ。

● 出版翻訳に異業界の発想を持ち込む

 ユニークなのは、著者/出版社、翻訳者、読者の3方向に向けて開かれたサービスであること。これまでは、翻訳する側の出版社が原書を「売れる」と考えて選ばない限り、訳されるケースは稀だった。つまり、ターゲット言語側のドメスティックな需要に大きく左右されてきたのだ。

 それがBUYMA Booksなら、原書の著者/出版社が言語を選んで翻訳を依頼することができる。ごく一部の有名作家にしかできなかったことが無名の作者にもできるようになったわけで、潜在ニーズを掘り起こす意義は大きい。

 「翻訳ビジネスの構造的な問題のせいで、いいコンテンツが埋もれてしまう例が多かった。そんな流れを変えたいと思ってサービスを起ち上げました」(BUYMA Booksを手がけるエニグモ事業開発室長の飯田純房氏)

 エニグモはもともと、世界中の商品を現地在住のバイヤーが買い付けるBUYMAというサービスで成功した企業だ。その仕組みをコンテンツ分野に応用したのがBUYMA Books。著者/出版社が翻訳を依頼すると、数百名の登録翻訳者から希望者が手を挙げ、2ヵ月ほどの翻訳期間ののち、ネイティブによるチェックを経て書籍が電子出版される。読者はそれを購入し、iOSアプリで読むことができる。

 世界中の書籍を翻訳対象にし、すでに15ヵ国語の翻訳者を集めているが、まずは日本語の書籍を英語と中国語で出版することからスタートし、認知度を高めていく狙いだ。売上の35%が著者/出版社、20%が翻訳者、残り45%がBUYMA Booksに配分され、ネイティブ・チェックなどの費用もその45%からまかなわれる。翻訳印税がせいぜい5%という現状を考えれば、20%という設定は高率。当たれば大きい。

 潜在ニーズの掘り起こしの成功例では、アーティスト「w-inds.」のファンクラブマガジンが挙げられる。従来なら日本でしか入手するすべのない情報誌だったが、w-inds.のファンがアジア各国にも多いことを認識していた事務所が、ライブ収益以外の新たなマーケットを狙って翻訳を依頼したという。

 そう聞くといいことずくめのようだが、翻訳には誤訳がつきものでもある。品質という面で、果たしてBUYMA Booksは大丈夫なのだろうか?


● 原文を一字一句忠実に再現するだけが翻訳ではない

 そもそも、翻訳という業務は、非常に高いスキルが要求される。NHK連続テレビ小説『花子とアン』のヒロイン・村岡花子は『赤毛のアン』を日本に紹介した明治生まれの翻訳家。花子が想像力豊かで才能に恵まれていたことと、成績が悪ければ退学を強いられる給費生として猛烈に勉学に励んだことがドラマでは描かれる。

 才能と努力――それこそが翻訳家に欠かせない条件だ。翻訳は、概念的には人形浄瑠璃の黒子のように、あたう限り存在感を消すことが求められる。その厳しい制約の中で原文の文体を外国語で再現し、すぐれた読み物に仕立てあげるのは並大抵のことではないのだ。

 原文読解力は訓練で高めることができるが、登場人物の人物像を自分の中で膨らませ、生き生きと外国語で語らせることには天性の才能による部分も大きい。翻訳は、訓練すれば誰にでもできる仕事ではないのだ。それをクラウドソーシングするなんて、どだい無理ではないのだろうか? 

 しかし翻訳の需要はそれだけではない。原書が分厚すぎるので抄訳で出す場合や、原書の忠実な再現よりも日本人向けの紹介に重きを置いて再構成するケースもある。そんな場合、原文さえきちんと読めれば日本語表現は創作に近くなるので、従来の翻訳家以外の人材が活躍できる余地もある。BUYMA Booksが狙うのは、こうしたジャンルなのだ。

 面白い例として、寿司についての本を、海外で修行した日本人の寿司職人が英訳したものがある。訳者はもちろん専業翻訳家ではない。そんな素人が訳した本なんて読めたものかと思われるかもしれない。ところが、これが好評だったのだ。

 訳者は寿司職人として、日本の寿司文化を外国人に紹介することを日常的に行ってきた。その経験から、直訳しても伝わりにくい部分をうまくアレンジしたことが受けたのだ。

 ここで参考になるのが、「MANGA REBORN(マンガ・リボーン)」というプロジェクトだ。漫画家と世界中のファンの橋渡しをするというコンセプトで、世界中からボランティア翻訳者を募り、ターゲット言語に翻訳された作品を販売している。

 翻訳者はファンでしかないわけだから、翻訳の質に大きな期待はできない。だが、あこがれの作品がこの仕組みのおかげで現地語で読めるなら、ファンにはありがたい限りだ。その証拠にFacebookページの「いいね! 」が64万件に達するなどMANGA REBORNは世界中から注目を集め、佐藤秀峰全作品翻訳プロジェクトも進行中だ。

 BUYMA BooksやMANGA REBORNの例からも分かるように、翻訳のあり方にはもっとさまざまなカタチがあってもいいはずだ。ふり返れば明治期には黒岩涙香によるのアレクサンドル・デュマの『巌窟王』や、ヴィクトル・ユーゴーの『噫無情(レ・ミゼラブル)』などの翻案が大きな役割を果たした。プロ翻訳家による彫心鏤骨の名訳に改めて敬意を表するとともに、翻案2.0とでもいうべきビジネスの可能性を探る時期に来ているのかもしれない。

 (待兼音二郎/5時から作家塾(R))